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雲1つ無い夜空だった。 その夜空に従うように、星達は煌いている。 「今晩は。今宵は月が綺麗だね。」 宙に浮かんだ男が、地面に立っている女にそう言葉をかけた。 女は不思議な光景を見て、顔をしかめる。 男の外見は、長身痩躯に真紅の髪。 そして鋭く光る金色の瞳。 夜風になびく彼のマントは変わっていて、外側は闇を思わせるかのような黒色に、内側は綺麗なほどに揺らめく深紅だ。 「な…何?」 「最近、疲れてるんだよね。」 すうっと、空から音もなくこちらに近づくと、彼女の目の前に立つ。 そして、キュッと片手の人差し指で彼女の顎を上に上げた。 「貴女みたいな…美人が増えてしまって。」 そのまま、なんでもなさげに彼女の口に口付けた。 口付けを交わしたまま三秒、彼女から変な声が漏れ始める。 「ギ…ギギギギギギッ…ギギギギギィ」 白目を向け、ダラダラとまわりなどお構いなしに体液を垂らし始めた。 そんな彼女の姿を見て、手を顔に被せた。 ハハッと自分の口から嘲笑が漏れる。 いつまでも停まりそうにない嘲笑を無理に抑えた。 一秒溜めて。 気を入れなおし、自分のすべきことを思い出す。 彼の口から覗く鋭い歯が、彼女の首筋に寄った。 彼女はこのことに気づいているのだろうか? 狂ったまま、逃げようとしない。 「安らかに…」 ぷつ…と小さな音を立てて白い肌に穴が開く。 濁った黒い血が肌に伝って落ちた。 「 ありえないほどに、見開いた白目をむいて、断末魔。 「ギ…ィああああああああぁああぁぁぁあッッ!!!」 一通り吸い尽くすと、女の身体が服だけになる。 身体は砂のようにサラサラと流れて消えていった。 ばさ。 …服は重力のままに下に落ちていく。 濡れた唇を指で拭い、下のこまごまとしたものに視線を下げる。 彼女の遺品がたくさん残る中、気になるものを見つけ、拾い上げた。 (……ウルディーの生徒手帳…か。) ふーん。と勝手に唸ると、唇から自然と唄がこぼれる。 小さな声で、日中ならば全く聴こえないぐらいの声で。 透き通った声の中に悲しみを連想させるかのような旋律が響いていた。 「もー。こんな夜中にお使いだなんて、お母さんも娘を大事に思わないのかしら?」 ぶすぶすと文句を言いながら、ジャスティオンのセントラル35番通りを通って家路を急ぐ。 「そういえば、ココで死体が発見されたのよね。きゃー、明日が楽しみねッッ」 一人舞い上がる彼女の耳にでも、唄が聴こえてくる。 (え?) それを不思議と思い、足を止めて先を見据えた。 綺麗な旋律に自分は心を奪われそうになりながら。 「 気にせずに、そのまま35番通りを進む。 (あ。) 人がいた。 この人が歌っていたのかな。 すらっとした長身に、長い脚。 それにしても、スタイルいいな、この人。 …なんて、考えがそれていった。 「?」 振り返った彼と目が合う。 「ご…ごめんなさい…」 「え?なんで謝るわけ?」 「あ…あまりにも声、綺麗だったから…邪魔するつもりもなくて…」 私の小さな声が、静かなストリートに響いた。 寂しい通り道は街灯と月光に照らされているだけで、この二人の存在をぼかしている。 驚いた表情で彼は私を見ると、にこ、と優しく笑った。 「女の子がこんな時間に歩いてたら危険だよ。」 「う、うん、わかってる。」 わかってるのに…アタシってヤツは… タジタジしている少女を見て、男がまた笑う。 「褒めてくれたお礼に教えてあげる。」 「え?」 静寂なこのひとときに、彼の声が透き通って響いた。 「明日の夜、出歩いたら…君は死ぬよ。」 全開に瞳を見開く。 え…? 死………? アタシ、が…? 「きゃあっ!」 思想に囚われた私を現実世界に引き戻すかのように… 無数の真っ黒な蝙蝠が、無数の羽音と共に飛び立つ。 「じゃあね。」 目を開くこともできず、十秒ぐらいしてからまた目を開いた。 見開くと、さっきまで彼がいたところへ自分は駆け出していた。 「…あ…れ?い…いな…ッッ?」 下にあるものに目線が行き、足が震える。 言葉を出そうとしても、喉でひくつき、声が出ない。 「や…ッッ…きゃあああああぁぁぁぁああっ!!」 「って、んなかんじで、アタシ凄いめに遭っちゃったんだから!!」 そんな話をされたのは、一人で登校し終えてから教室の自分の席に座った時だった。 早速、俺の朝はオカルトで始まった。 「ふ…ふぅぅぅん…」 頬杖をついて、イリアは彼女の話を少々おどけながら聴いている。 「絶対、あの人吸血鬼だったのよ!!」 「その根拠は何処から?死体は??」 疑った様子で、彼はルナに説明を求めた。 「根拠は無いわ。」 お…おいおい。 自信満々に根拠は無いという彼女に、呆気にとられてしまう。 イリアの真面目な顔が、一気に崩れ、呆れた表情になった。 「死体も無かったわ。」 え…えぇ――?! それも無いんですか?! 「でも、蝙蝠が、いぱーい飛んでったのよ!!」 ………。 蝙蝠…か。 それを出されてしまうと、何となくお約束的な感じがする。 お約束と共に妙な説得力が生じてくる。 「そして下には…ウルディーの女子学生の制服やらカバンやらが散乱し…」 「………そ…それはたまたまなんじゃないの??」 「なわけあるか―――!!!」 バンッと机が壊れそうなまでの第一打、その後もルナが机をバシバシ叩く。 き…キレた?!! 「それで、“明日の夜、出歩いたら…君は死ぬよ。”ってアタシに言ったんだから。」 「じゃあ、今日の吸血鬼ハントは中止ってことで。」 苦笑いで、イリアはルナに言い聞かせた。 死ぬよといわれて、死にいくのは可笑しいし。 てか、俺行きたくないし。 その後、俺は必死にルナを説得した。 何分要したのか考えたくも無いが、行かないようによく言い聞かせた。 彼女もこの歳で死ぬのはさすがに嫌なのか、俺の考える理想的な言葉も返してくれた。 俺の一所懸命に説得したかいがあったのか… 「……そうね。」 「だろ?命あっての人生だぞ??」 何度も何度も言い聞かせて解ってくれたと俺的には思っていた。 だが。 「アタシ、行くわ。」 「はぇッッ?!」 気の抜けた声が、口から零れ落ちた。 俺の費やした数分間は全くの無駄だったらしい。 「アタシ、吸血鬼探すから!!」 「ルルルル…ルナッ死ぬって、止めろよっ!!」 半泣き状態で、イリアがルナに頼み込むが、ルナは一向にそれを聞きそうに無い。 「行くと決めたらアタシ行くのッッ!!待ってなさい吸血鬼ぃ!」 吸血鬼は待たないからっ! あわわわわ…とイリアは顔を真っ青にして、暴走し始めたルナを見ていたのだった。 これからどうしよう… 「オリビアさん凄いね。」 「や…やあ、クレス。まったく、困ったもんだよ…」 俺は心の中で苦労の涙を零した。 ああ…神様。俺は如何すればよいのでしょう? 「それ、僕も行っていい??」 「は??」 気の抜けた声2nd。 「クレスも、吸血鬼ハント??」 「いやハントじゃないよ、見学。」 「君はよく命を粗末にできるな…」 クレスの肩に、イリアはぽんと手を置いた。 あはは、とクレスが笑って言う。 「好奇心ってヤツ。わかるでしょ?イリア君も。」 「わからん。」 ルナに加えてクレスまで?! 救えないよ、君たち… 自然と彼が頭を抱える仕草をする。 (俺じゃどうにもできない!) とぼとぼと独り廊下を歩く。 ルナとクレストは意気投合してしまい、こちらじゃもう止められなかった。 窓に目を向ければ…いつの間にか夕暮れ時。 ヴァンパイアハントまで秒読み状態なのだ。 「はぁ…。ディズに相談しよう…」 はぁ…。これだから溜め息が尽きない。 溜め息の原因はきっとあそこ周辺にあるんだろうな。 故郷に帰ろう。うん、そうしよう。 なーんて、考えていると… どんッっと鈍い音が出てきた。 「おわっ」 「うぉ?!」 出会い頭に衝突し、二人とも地面に腰がついた。 イリアなんて、けっこう飛ばされているし。 「あ…あのさ、な…なんでそんなに飛ぶわけ??」 凄まじい衝撃があったわけでもなく、走り込みで衝突したわけでもないのに、けっこう飛ばされていたイリアに、相手は驚いているようだ。 そして、周りをきょろきょろ見渡すと、立ち上がってこちらに歩いてくる。 対照的に精気の抜けたイリアは、滅びたような顔で倒れたままだった。 ああ、もう一生……俺はこのままでいい…… いっそ…ヴァンパイアにでもなってやろうか… 「はい。」 手を差し伸べられて、イリアはオドオドしながらも手をとった。 「あっ…、ありがとうございます。」 相手は、濃い茶髪で長身の上級生…かな。 あっさりとした短髪で、眼鏡? 印象的な耳のピアスと…俺と同じハズの制服は着崩れている。 「あ、もしかして、イリア・セイクリッド??」 「え?」 …なんで知ってんだこの人。 「君、有名だよね、変な人で。」 ………はあ…。 大きな溜め息が漏れた。 …変な人で有名って… 俺何にもしてないのに… 目立った行動も、何にも!! あいつらぁ…何処まで俺の変な噂を広めれば気が済むんだよ… 「あれ?傷ついちゃった?」 ぶすーと明らかに機嫌が悪くなった俺を見て、彼はくすっと笑う。 「じゃあ、傷つけたお詫びに、なんかおごってあげるよ。」 ぐいっと彼が俺の手を掴んだ。 状況を把握して、俺はあせってくる。 上級生にそんなことさせるなんて恐れ多い! 「い…いいですよぉ!そんな、俺だって…」 「気にしないで、学食でいいでしょ??」 「う…うん。」 彼の笑顔に押されてしまって、力なく俺は頷いてしまった。 「何がいい??」 「いや、やっぱり俺…」 「遠慮しちゃダメだよ〜、先輩の言うことには〜」 先輩だからこそ、遠慮するんだと思う。 随分気前のいい先輩だなぁ。 「ん…じゃあ、ミネストローネにする。」 ぽん、と先輩が俺の頭に手を置き、一言。 「気に入った。」 「え??ええ?」 何がなんだかよくわかんないけど… 「ココのおいしいよね。」 あ、そういうことか。 「は…はあ。」 それにしても、背が高い先輩だなぁ… きっと、余裕で180cmはあるんだろうな。 …う…羨ましい。 俺なんて…そのマイナス何cmか…言うだけで恥ずかしい… 「…?どうかした?」 視線が気になったらしく、彼は下に目線を向けた。 「先輩、何年生ですかぁ?」 「13。イリアは12だろ?」 え?!1つ違い?!! 先輩の容姿から見て… 絶対、2〜3つは離れているように見えるな。 そうだよな…そういえば俺と同じ制服着てるもんな。 この学校の制服は、全部で三種類あり、低学年、中学年、高学年で変わる。 その境目になるのが、7年と14年であった。 俺の制服は、もちろん中学年である。 「ははは〜、13に見えない??」 「はぃ。」 ちなみに、神学校は最短17年生で卒業だ。 「あ、んじゃ、席座ろ。」 空いていた席を1つとって、二人向かい合って座った。 「言うの遅くなったけど、俺はナディア。ナディア・コンフォート」 名前を聞いた瞬間のイリアのアホヅラをみて、ナディアは困ったように少し笑う。 その、たくましそうな姿からは想像できない名前だった。 …可愛い名前だな。と第一印象。 「よろしくね。」 その言葉と共に、彼は満面の笑みで顔を傾けた。 「どーもです。」 気持ちかなかなかこちらに入らない。 これからどうしよう。 ルナも、クレスも、救えない… 冗談だったらいいけれど… クレスならまだしも…あのルナに限って…冗談なんてありえない。 「……はぁ」 「……どうかした?」 「え、いや…別に…」 はぁー…とまたまた溜め息。 イリア君は溜め息多いなあ。 「ナディアさんは“吸血鬼”って信じますか??」 「……は、はぁ??吸血鬼???」 ナディアが呆気にとられた顔をしたので、イリアはオロオロとあせり始める。 「いや、友人が“捕まえるぞー”って、力んじゃって…はー…」 「ふぅん。それは大変だね。」 「しかも二人でですよ??いい歳して、なにがなんだか…」 「二人でって、イリアは入ってないの??」 指を組みながら、興味津々な表情でナディアがイリアに言う。 イリアは、なぜか顔が赤くなっているが、違う。と答えた。 「そういうのには、首を突っ込まないほうがいいと思うけどな…」 「ですよね〜。俺も、止めろって行ったんですけど、ぜんっぜん聞きませんからね。」 …あいつら…一度痛い目にあったほうがいいんじゃないか? 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